【弁護士の視点】柔道元日本代表・髙上智史容疑者を逮捕|特殊詐欺の「出し子」はなぜ窃盗罪になる?
目次
はじめに
2014年のアジア大会柔道男子66キロ級で銀メダルを獲得した元日本代表の髙上智史容疑者(34)が、2026年10月21日、窃盗の疑いで熊本県警に逮捕されたと報じられました。
報道によると、同年9月28日、熊本市東区のコンビニエンスストアで、他人名義のキャッシュカードを使い、ATMから現金30万円を引き出して盗んだ疑いが持たれています。
カードの持ち主は熊本県内の80代の女性で、現金が引き出される直前、警察官を名乗る男にキャッシュカード2枚をだまし取られたとされています。警察は髙上容疑者を特殊詐欺グループの「出し子」とみていますが、認否は公表していません。
逮捕されたことによって、犯罪事実や有罪が確定したわけではありません。
今回の報道について、「特殊詐欺の一員とされているのに、なぜ詐欺罪ではなく窃盗罪なのか」「ATMでお金を引き出しただけでも、詐欺全体の責任を負うのか」と疑問を持つ方もいるでしょう。
本稿では、出し子に窃盗罪が成立する理由、共犯となる範囲、取調べへの対応、被害弁償・示談による不起訴・前科回避について解説します。
特殊詐欺の「出し子」が窃盗罪に問われる理由
カードをだまし取る行為と、現金を引き出す行為は別
特殊詐欺では、被害者へ電話をかける者、現金やカードを受け取る者、ATMから現金を引き出す者などが、役割を分担する場合があります。
このうち、現金やカードを受け取る役割は「受け子」、ATMで現金を引き出す役割は「出し子」と呼ばれています。いずれも法律上の罪名ではなく、グループ内の役割を表す呼び方です。
例えば、警察官を装って被害者をだまし、キャッシュカードを渡させる行為では、詐欺罪が問題になります。一方、そのカードを使ってATMから現金を不正に引き出す行為では、窃盗罪が問題になります。
同じ特殊詐欺事件の中でも、どの行為をしたのかによって、成立する犯罪が異なるのです。
ATM内の現金は、金融機関などが管理している
通常の詐欺罪は、人をだまし、その人の判断に基づいて財物を渡させたり、財産上の利益を得たりする犯罪です。
これに対し、ATMで権限なく現金を引き出す行為は、窓口の職員をだまして現金を渡させる行為とは異なります。ATM内にある現金を、その管理者の意思に反して持ち去るため、窃盗罪として評価されます。
正しい暗証番号を入力し、機械が正常に作動して現金が出てきたとしても、そのことによって払戻しを受ける権限が認められるわけではありません。
窃盗罪の法定刑は、刑法235条により、10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金です。詐欺罪には罰金刑の定めがなく、刑法246条により10年以下の拘禁刑とされています。
今回の逮捕容疑は、カードをだまし取った行為ではなく、ATMから現金を引き出した行為に関するものと報じられています。もっとも、今後どの範囲の関与が捜査されるかは、別に検討される問題です。
「指示に従っただけ」でも、犯罪の実行役として責任を負う?
自分では計画を立てておらず、指示役から指定されたATMに行って現金を引き出したという場合でも、それだけで刑事責任が軽くなるわけではありません。
不正に現金を引き出すことを認識しながら、実際にATMを操作して現金を持ち去ったのであれば、窃盗の実行行為を担当しています。
「出し子だから単なる手伝いであり、幇助犯にしかならない」という関係ではありません。
また、刑法60条は、二人以上が共同して犯罪を実行した場合には、全員を正犯とすると定めています。指示役と役割を分担し、共同して窃盗を行ったと認められれば、共同正犯として責任を問われます。
共犯の成立に、指示役の本名やグループの全容まで知っていることが必ず必要になるわけではありません。面識がなく、メッセージアプリだけで指示を受けていた場合でも、犯罪についての認識や意思の連絡があったかが検討されます。
他方、具体的な関与が犯罪の実行を補助するものにとどまる場合には、幇助犯が問題になることもあります。役割の呼び方だけでなく、実際に何をしたのかを確認する必要があります。
出し子は、カードをだまし取った詐欺についても共犯になる?
ATMでの引出しについて窃盗罪が成立するとしても、その前に行われた詐欺についてまで、当然に共同正犯となるわけではありません。
例えば、被害者からカードをだまし取り、そのカードで現金を引き出すという計画に事前に加わり、役割を分担していたのであれば、自分で被害者に電話をかけていなくても、詐欺の共犯となる可能性があります。
一方、カードをだまし取る行為が終わった後に初めて関与した場合には、それ以前の詐欺についてどのような認識や合意があったのかを、慎重に検討する必要があります。
後から現金を引き出したという事実だけで、既に終わっていた詐欺の責任まで当然に負うことにはなりません。
確認すべきなのは、主に次のような事情です。
- いつ、誰から仕事や役割を頼まれたのか
- カードの入手方法について、どのような説明を受けたのか
- 被害者をだます前から、引出し役を引き受けていたのか
- 指示役や受け子と、どのような連絡をしていたのか
- 引き出した現金を誰に渡し、どのような報酬を受けたのか
髙上容疑者がどの段階から関与したと疑われているのか、カードの入手経緯をどの程度認識していたのかは、確認できた報道だけでは分かりません。
関連記事 闇バイトで逮捕された場合の弁護活動|受け子・出し子のリスク【弁護士解説】
「犯罪だとは知らなかった」と主張する場合
他人からカードを預かって現金を引き出したという事実だけで、直ちに窃盗罪の成立が決まるわけではありません。窃盗罪の成立には、不正な引出しについての故意が必要です。
例えば、正当な権限に基づく払戻しを頼まれたと信じていたのか、不正に入手されたカードを使うことを認識していたのかは、重要な違いです。
ただし、不正な引出しだと確信していなかったとしても、その可能性を認識し、それでも構わないとして実行したと認められる場合には、「未必の故意」が問題になります。
捜査や裁判では、本人の説明だけでなく、次のような事情も確認されます。
- 面識のない人や、カードの名義人とは違う人からカードを受け取っていないか
- 仕事の内容に比べて、不自然に高い報酬が約束されていないか
- 複数のカードやATMを使うよう指示されていないか
- 引き出した現金の受渡し方法に不自然な点がないか
- メッセージを削除するなどの指示を受けていないか
これらの事情が一つあれば自動的に故意が認められる、というものではありません。受けた説明や当時のやり取りを含め、全体を確認します。
また、「行為が窃盗罪になるとは知らなかった」という法律の知識の問題と、「カードが不正に入手されたものとは知らなかった」という事実の認識の問題は区別する必要があります。
事実を争う場合には、募集内容、指示役とのメッセージ、通話履歴、現金の受渡しや報酬に関する記録などを保存し、弁護士と経緯を整理することが大切です。
本件では認否が公表されていないため、髙上容疑者がこのような説明をしていると推測することはできません。
初犯でも実刑になる?余罪がある場合はどうなる?
特殊詐欺に関係する窃盗では、出し子が現金を回収する役割を果たしていることから、初犯でも実刑が問題になる場合があります。
もっとも、「出し子」「闇バイト」という呼び方だけで刑が決まるわけではありません。具体的には、関与した回数や期間、引出額、役割、得た報酬、犯罪についての認識、被害回復の状況などが検討されます。
本人が受け取った報酬が少額であっても、それが事件の被害額になるわけではありません。例えば、30万円を不正に引き出して大部分を指示役に渡した場合でも、受け取った報酬だけについて責任を負うということにはなりません。
また、別の日の引出しや、別のカードを使った行為が判明すれば、余罪として捜査されることがあります。別の犯罪事実について要件が認められれば、再逮捕され、身柄拘束が長くなる場合もあります。
弁護活動では、事件ごとに本人が関与した範囲を確認するとともに、被害弁償、示談、再発防止策を具体化します。実際に行っていない引出しや、記憶のない出来事まで推測で認めるべきではありません。
なお、本件について余罪の有無や関与の広がりが確定したわけではなく、報道された30万円の引出しを超える事実を補って考えることは避ける必要があります。
出し子の事件でも、被害弁償・示談によって不起訴を目指す
起訴前の示談は、前科回避に向けて優先する対応
事実を認めている場合には、被害弁償と示談を早期に進めることが、不起訴に向けた重要な弁護活動になります。
当事務所の実務経験では、起訴前に被害者との示談が成立した事件は、高い確率で不起訴処分につながっています。出し子の事件でも、被害回復と示談は、不起訴・前科回避に向けて優先して取り組むべき対応です。
犯罪の成立が認められる場合でも、検察官が事件の内容や事件後の事情などを考慮し、起訴を見送る「起訴猶予」という処分があります。
被害を回復し、被害者が処罰を求めない意向を示していることは、この判断に向けた重要な事情です。弁護士は、弁償の実行状況、示談内容、本人の反省や再発防止策を整理し、検察官へ提出して不起訴処分を求めます。
起訴後であっても、被害弁償や示談は刑の軽減や執行猶予を求めるうえで重要になります。前科を避けるためには、起訴前の段階から対応を始めることが大切です。
ATMの引出しでは、誰に弁償するのかを確認する
出し子の事件で特に重要なのが、被害弁償や示談の相手方を正確に確認することです。
ATM内の現金については、金融機関などの管理者に対する窃盗が問題になります。一方で、カードをだまし取られ、預金を減らされた人にも被害があります。
さらに、不正払戻しについて、金融機関から預金者への補償が行われている場合もあります。
そのため、弁護士は、次のような点を確認して被害回復を進めます。
- どの金融機関等が現金を管理していたのか
- 預金者にどのような損害が生じているのか
- 金融機関による補償が済んでいるか
- 現金の回収や、他の共犯者による弁償が行われているか
- 誰に、どの損害について支払い、示談するのか
被害回復の状況を把握せずに一方へ支払うと、必要な相手との調整が残ることがあります。損害の負担や権利関係を確認し、関係する被害を適切に回復することが重要です。
また、自分が得た報酬だけを返せばよいと考えるのではなく、関与した事件の被害全体について、弁償できる範囲と方法を検討します。
本件で被害弁償や示談が進められているかは、確認した報道では明らかにされていません。
関連記事 【窃盗・不起訴】処罰感情の強い被害者との示談が成立し、不起訴となったケース
家族が出し子の疑いで逮捕されたら、早期に弁護士へ相談する
逮捕された直後は、ご家族も、本人が何をしたと疑われているのか、ほかに事件があるのかを十分に把握できていないことがあります。
弁護士は本人と接見し、逮捕容疑、指示を受けた経緯、犯罪についての認識、現金の引出しや受渡しの状況を確認します。そのうえで、何を認め、何を争うのかを整理し、取調べへの対応や身柄解放に向けた活動を進めます。
ご家族としては、警察署名や逮捕された日時、分かっている容疑、本人の生活状況などを整理して伝えると、初動の対応につながります。弁償資金の準備や、釈放後の生活を支える体制も検討します。
指示役から本人や家族への脅迫がある場合には、その内容を弁護士や警察に伝え、安全確保について相談することが必要です。犯罪への関与を続けたり、指示役に口裏合わせを求めたりせず、連絡内容を記録として残します。警察庁も、犯罪実行者の募集に応募してしまった人に対し、警察へ相談するよう呼びかけています。
逮捕されたことだけでは前科は付きませんが、有罪の裁判が確定すれば、罰金刑や執行猶予付きの判決でも前科になります。不起訴による前科回避を目指すためには、事件の早い段階から対応することが重要です。
原綜合法律事務所では、受け子・出し子としての関与が疑われる事件について、本人との接見、証拠の確認、取調べへの助言、被害弁償・示談、不起訴に向けた活動を進めます。
※本記事は、2026年10月25日時点で確認できる報道及び法令・裁判例をもとに、刑事法上の一般論を解説したものです。髙上智史容疑者の認否は確認した報道では明らかにされておらず、本記事が犯罪事実の存在や刑事責任を判断するものではありません。
この記事の監修者:弁護士 原 隆(福岡県弁護士会所属。登録番号52401)
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